開口部にこだわった新築レポート -東京都 松本邸-
住宅形態 | 木造地上2階建 |
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住まい手 | 夫婦 |
敷地面積 | 58.07m2 |
延床面積 | 83.31m2 |
今月の家を手がけた建築家:松本 隆三郎(アルファアーキテクツ)
取材企画協力:OZONE家づくりサポート
<建築家選びから住宅の完成までをコーディネートする機関です>
「光と風、そして、がらんとした倉庫みたいな空間」。松本隆三郎さんは、自らの住まいをこう表現しました。住宅設計の専門家の自邸が、今回のルポの主役です。
松本邸の竣工は2010年春。南北に分かれたリビングとユーティリティスペースをダイニングと中庭で結んだコの字型の平面に、片流れの大屋根がかかっています。
招き入れられた室内は、住まい手の言葉に反して「がらんとした倉庫みたいな」ところではありませんでした。
仕事も共にするご夫妻が「なごみの空間」と呼んでくつろぐ家は、木材を多用した親しみやすい雰囲気と、雨の日でも昼間は照明がいらない明るさに満ちています。
なかでも二層吹き抜けのダイニングは、中庭に面する東側が全面ガラス張りの大開口になっており、高い小屋裏には天窓もついていて光と開放感あふれる気持ちのいいスペース。
住宅の設計に取り組むときには「明るさ」を大切に考える、という松本さんの姿勢が反映された空間となっています。
窓を大きく取るほか、より多くの光を取り入れるために、やっかい者の「西日」も活用しました。「使い方にもよりますが、うまく使えば西日の光は割と良いのです。あまり嫌わない方がいいんですよね」
その極意は?の問いに「光を拡散させ、かつ上から入れること」と答えが返ってきました。
キッチン上部の明かり取りや、隣家が迫る西側の小さな開口部まで、松本邸の窓には透明ガラスにシートを張った曇りガラスが多用されています。目隠しとしての役割のほか、外光を分散させて室内に取り込むのが狙いです。
拡散した光は、天井や壁に反射しながら降りてきて、床まで柔らかく照らします。こんな窓なら、ジリジリ暑い西日も貴重な自然光の供給源に。西日は×、の先入観を覆してくれる技でした。
もうひとつの大切な要素が「風」です。
松本邸には細長い突き出し窓やダブルジャロジーの窓があちこちに切られ、季節を通して通風の役割を担っています。
とくに建物の南面と北面それぞれに大きく取られたジャロジー窓は、南から吹く風を室内に導いて北へ抜く「風の通り道」。この流れを中心に、家じゅうの窓を開け閉てすることで冷暖房機器に頼らない室内環境をつくろうというのです。
「冬以外はエアコンを使わない生活をめざしています。夏は、汗はガンガン出るだろうけど首にタオルを巻いて」松本さんの言葉に、ご自身もエアコンが好きではないという奥様も「それはひどい!(笑)」おふたりの軽妙なやりとりで、なごみの空間はさらに明るさを増していきます。
松本邸は長期優良住宅の認定を受けた住宅。数世代にわたって使える丈夫な建物躯体や耐震性のほか、次世代省エネ基準をクリアした断熱・気密性を備えています。
「窓が多いことは断熱的には欠点になりやすいので、そこを補うように」と、ジャロジーを除いて窓にはすべてエコガラスを採用。さらに建物全体を外側からすっぽり断熱材で覆う「外張り断熱」を選択しました。
2月の入居以来寒い日が続いたものの、ガラス面からの冷え込みは感じず結露もなかったといいます。「普通のシングルガラスでは、これだけ窓があったら話にならないでしょうね」
1階が南北に延びるワンルームで中央に高い吹抜けがあり、決して暖まりやすいつくりではない松本邸ですが、使うのは小さなガスストーブ1台とヒートポンプのエアコンだけ。
「帰宅後はひんやりしていますが、一度暖まり出すと家全体が同じような温度空間になるんです」
暖房費は以前住んでいた賃貸マンションとほとんど変わらなかったとのこと。「面積は倍、しかも天井高があるから、空気の量は軽く3倍くらいの差があるでしょう」との言葉に、省エネ効率の高さがうかがえます。
竣工後初めて迎える夏は、窓の断熱効果がさらに試される季節。
東の大開口から入り込もうとする外の熱気や天窓からの直射日光、明かり取りからの熱をシャットアウトするエコガラスは、真夏もできるかぎりエアコンなしで、をめざす松本邸の室内環境を快適に保つ大きな力となっています。
ちなみに前述した、気になる西日についてはどうでしょうか?
松本さんいわく「シートもですが、やはり西日利用にはエコガラスが有効ですよ。このところの暑さで、さらにその有効性を感じています」。
シャープでモダンな外観から内部は一転してナチュラルな木空間が広がる松本邸は、「SE構法」で建てられています。これは、従来はあいまいになることが多かった木造住宅の耐震性が数値で把握でき、少ない柱や壁で大空間をつくることができる建築構法。
そのメリットを生かし、柱や壁があまり見当たらない空間は、のびやかな中にも気持ちの安まる、木の家ならではの穏やかな空気が漂っています。
選ばれたのは「色味がきれい(奥様)」「木目がおもしろい(松本さん)」と、ご夫妻共にお気に入りという落葉広葉樹のタモ。美しい木目が特徴で、家具や野球のバットにも使われる木材です。
構造体として家を支えているこの材は、松本邸ではそのまま内装になりました。
仕上げ材と違い、場所によっては品質表示のスタンプが押してあったりと少々荒っぽい表情の構造材は、とくに壁などはビニールクロスやパネルなどの化粧材で覆われることがほとんど。しかしプロの設計者であるおふたりは「埋めちゃうよりも見えている方が、安心していられるんです」。
傷みや腐食が出たらそこだけ切って交換できるのが木造住宅の長所ですが、内装材に隠されるとどうしても発見は遅れがちに。そんな事情を知る専門家らしい選択といえるかもしれません。
さらに「化粧材を張ったら、柱の太さの分だけ単純に狭くなっちゃいますよね」との奥様の言葉には、SE構法で得た大空間を大事にしようとする強い思いが込められているようです。
ダイニング西側の壁では、タモ材の木目を存分に味わうことができます。また、年を経て表れてくる木ならではの味わいもこれからの楽しみ。
「木の良さはやっぱり経年変化。どんどん色が変わっていく、そこが好きですね。このタモはこれからもっと濃い茶色になっていきますよ」
広々としたなかに木の手触りを生かす。なごみの空間3つ目の要素です。
なごみの空間の切り札といえるのが、1階北側の土間のリビングでしょう。
床にはダークグレーの玄昌石が敷かれ、壁二面は作り付けの棚。大窓と吹抜けで構成された開放的なダイニングと比べると少し囲まれた感じがあり、落ち着いた雰囲気です。
「ここがいちばんなごむね」と松本さんが語るこの空間は、オーディオやCD、本、ワインなど趣味性の高いアイテムが集中する場所。観葉植物や熱帯魚の水槽は「以前のマンション暮らしではあまり置けなかったですね」。
中庭に面する掃き出し窓の外につけたウッドデッキの上にもメダカの泳ぐ睡蓮鉢や植木鉢が並び、小さな生命が成長しています。
土間でありながら、ここは座卓と座布団の床坐でくつろぐスペースです。
窓を通して見える隣のご実家の植栽はおふたりのお気に入りで「最高の借景ですよ、ぶどうとバラの枝振りがね。ここに座って窓を開け放ってビールでも飲んだ日には(笑)」
照明はすべて暖かみを感じる電球色系を選び、柔らかな光は「ぼんぼりみたいにぼわっとした明かりで、夜もいいですよ。体験してもらいたいくらい」。
リビング以外にも、安価な器具を効果的に使った間接照明やステンレス削り出しの美しい蝶番、梁からつり下げるタイプの建具など、住まい手としてのこだわりと住宅設計者としての実験精神の両方を映し出すディテールが、家じゅうあちこちに見られます。
そこには、プロとして心地よい空間を創り出すだけでなく、自らそれを楽しむゆったりとした姿がありました。
「いい風が抜けると、なごめるんじゃないかな」松本さんの一言です。
部屋を流れる風はきっと、住まい手の思いそのもの。そして生まれる極上のなごみ空間に、今日も柔らかな光が満ちていきます。