事例紹介 / リフォーム ビル
空き倉庫がエコガラスで変身
既存資産の断熱リノベ
東京都
gather
- 立地
- 東京都豊島区
- 建物形態
- RC造3階地下1階建
- 工期
- 2022年
- 窓リフォームに
使用したガラス - エコガラス(真空ガラス)
自社所有の古い倉庫をコミュニティスペースに改修
最都心に建つ、かつて倉庫だった建物のリノベーションをご紹介しましょう。
池袋駅から徒歩圏内の3階建は1967年の竣工です。1、2階は倉庫、3階は当初はオーナー家族の住まいとしても使われてきました。
今回のリノベは2階部分が対象です。
外階段を上って扉を開けると、がらんとした風景が広がりました。
倉庫らしい高い天井に剥き出しの配管、連続する窓、派手なデザインの壁やカウンター、その隣に『CYBER BOCCIA S』と書かれた機器群… 『gather (ギャザー)』と名付けられたここは、いったいどんな場所なのでしょうか。
ビルを所有するのは、昭和3年の創業以来、卸販売企業としてガラス界を牽引してきたマテックス株式会社。この不思議な空間が生まれた経緯を、計画当初から現在まで中心となって関わったマテックス事業統括本部 部長の村山剛さんにうかがいました。
「人が集まる場所をつくりたい、という思いが基本にあります」と村山さん。同社はSDGsにつながる事業活動として、社会や地域に開かれた場づくり・まちづくりを実践しています。2021年からは『HIRAKU プロジェクト』と銘打って、地域に開かれたコミュニティスペースづくりを開始しました。
gatherもHIRAKUプロジェクトのひとつだといいます。
gatherオープンのきっかけのひとつは、タレントの田村淳さんがSNSで発信した「池袋に大人の秘密基地をつくりたい」のひとことでした。
本社を置く“地元池袋”に貢献し盛り上げたいと考えていたマテックス社長の松本浩志さんが「うちの空き倉庫を使ってほしい」と声をかけ、築57年目の倉庫は大きな変身を遂げることになります。
最低限の耐震とエコガラスの窓断熱で遊休資産が眼を覚ます
床面積約300㎡の改修は「耐震と最低限の断熱、トイレなどの水まわりだけ。あとはほとんどいじっていません」
隠れ家というコンセプトも念頭に、倉庫としての歴史と良さを残し、工場のイメージでデザインしました。「何か作ればCO2を出すだけで、環境的にもよくないですし」
倉庫からコミュニティスペースへの変更で不可欠とされた設備類も、ミニマムに整備されました。
もともとなかったトイレと空調をつけ、屋上断熱を施し、あとは開口部を断熱して終了。まさに“最低限”クラスのリノベーションです。
お家芸である窓の改修では、興味深い話がありました。
採用したガラスはエコガラスの一種である真空ガラス。一般的な断熱ガラスと比較して薄さが特徴で、シングルガラスの窓枠に嵌め込むことができ、既存の窓枠を生かす断熱改修で重宝されるエコガラスです。
しかし村山さんいわく「今回は引き抜き工法、いわゆる外窓交換をしています」
理由は“もともと大きくない窓”でした。既存の窓枠にカバーを被せた改修ではますます窓が小さくなってしまう。それを避けるのにあえて手間も工期もかかる方法を選んだのです。
倉庫だった点も有利でした。
外窓工法は周囲の壁を壊して行う工事で、ガラスや障子だけの交換より大がかりになります。オフィスビルや住宅など業務や暮らしを続けながらの“居ながら改修”には不向き。空きビルだからこそ時間も音も気にせず工事できたのです。
「使われていない自社建物を改修で用途変更したい」と考える経営者や営繕担当の方には参考になる情報かもしれません。
窓といえば、gatherには1箇所だけバルコニーのついた大窓があります。
床から天井近くまで伸び上がるこの窓は、製品搬入用の鉄扉があった箇所を改修し、新しくつくられました。
真空ガラスが入ったスチールの窓枠はモダンにデザインされています。「ここ、開きますよ」村山さんの言葉によく見ると中央部分が扉になっており、バルコニーに出られます。
他の既存窓とは異なるサイズ、テイストそして存在感。その意味を尋ねると村山さんからは「採光と開放感。それから“窓を素敵に”という思いですね」と返りました。
窓の会社がつくる“素敵な窓”。この空間でどんな役割を果たしているのでしょうか。
研修会でもランチでも 集まる人の関わり方を変える空間
gather内部には、田村さんがオンラインサロンで使うスタジオスペースやパラリンピックの正式種目であるボッチャにデジタル技術を付加した『サイバーボッチャ』、DIYコーナー、そして椅子や机が置けるフリースペースが配置されています。
どのように使われているのでしょう。
マテックスでは社内イベントでの使用のほか、事業プロジェクトに関わる顧客・パートナーとの情報交換会など、多くの人々が集まれる開かれたスペースとして活用しています。
「従来の卸と小売という売買の関係から、新たなパートナーシップ、新しい関わりをつくる。サプライチェーン改革をめざしています」村山さんが力を込めました。
営業推進部の田中華子さんは「madokaという窓の総合情報サイトに登録いただいている専門工事販売店さまを招いての意見交換会やスキルアップのワークショップ、懇親会の会場として使っています」と具体例を挙げてくれました。
けれど同様の集まりは以前から社内会議室や貸し会議室でもなされていたはず。違いはあるんですか? と水を向けると、得たりとばかりに「スイッチが違います」と返りました。
窓やガラスに関する専門的な話題が飛び交うなか「真面目だけど、堅苦しくならないんですよね」
それは、従来とは違うフラットな関わりがサプライチェーンの中に生まれつつある証しなのかもしれません。
古いコンクリートむき出しの天井や漆喰を塗っただけの壁。今は目にすることが少なくなったスチール枠のちょっとレトロなデザインの大窓…一般的な会議室とかけはなれたこの空間では、前例の踏襲や従来型の無難な意見はかえって違和感、そんな作用がある気もしてきます。
ものが言いやすい=新たな考えが見つかる 促すのは“場の力”
ありそうでなかなかないこんな場をつくり開放することは、福利厚生を超えて社員のモチベーションアップやコミュニケーション改善による組織力向上につながっているのでは…
そんなことを考えていると、村山さんが「社内でものが言いやすくなりましたね。いろんな人と話す場ができて風通しがよくなりました」とにっこりしました。
この言葉には一般的な「風通しの良さ」以上の意味があるようです。
同社は社員参加によるコア・バリューを制定するなど先進的な企業風土を持つ会社です。現在は未来に向けた展望の下、自らを『共創志向型企業』と定め、これからの流通の世界を“皆で手をつなぎ、共につくる”と宣言しています。
そのためには、多くの人が集まりなんでもいえる場と機会とが必要だ、とも。
gatherはいわばその意思が結晶した「新しい考えのためにつくられた場」 といえるでしょう。そしてこのような空間は、多くの企業や組織にも実は求められているのではないでしょうか。
- 取材日
- 2024年1月12日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳